LIVING ART NETWORK リビングアートネットワーク 本文へジャンプ
日馬文化交流企画発足


2023年
日馬文化交流企画
【概要】

2023年より、日本の文化芸能とマレーシアの文化芸能を普及発展させると共に、両国の文化芸能の交流を促し、互いの文化を発展させるという意義に賛同して、今井尋也を中心に創立された。2023年、名称を「日馬文化交流企画」と定める。事務所を東京都内に設置し、東京とクアラルンプールを中心に日本の古典芸能のワークショップを定期的に実施すると共に、日本とマレーシアの文化交流から生まれる独創的・創造的文化芸術の普及・発展の為の様々な活動を積極的に行っている。


【組織】             

組織の名称を「日馬文化交流企画」とする。

活動の決定は、基本的には会員同士の会議によって決めるものとし、その最終決定は多数決によって決められるものとする。またそれでも決まらない場合は、役員3人の権限によって決めることができるものとする。

その会議に出席できない者は、その決議の結果に従うものとする。

総会の実施は理事の過半数の出席により年度末に実施するものとする。

この組織は営利を目的とせず、独創的・創造的文化芸術活動の権利をより守ろうとするもので、且つ促進を促そうとするものである。

この組織は、代表の自宅住所(東京都立川市柴崎町)に事務局を置くものとする。

この組織には、次の役員を置く。

  代表 1名      副代表 1名    企画 1名    会計 1名      監事 1名


役員は、会員の投票によって決められる。任期は2年とし、再任されれば3期まで延長して行うことができるものとする。しかし、この者たちが、組織を個人的に利用するものを禁じるものとする。また、個人的な利益を得ようとすることを禁じる。


【目的】

日本の文化芸能とマレーシアの文化芸能を普及発展させると共に、両国の文化芸能の交流を促し、互いの文化を発展させることを目的とする。

幅広い受講者層を対象とした日馬文化交流のためのワークショップの実施や舞台創造を目的とする。

日馬文化交流をテーマとした独創的・創造的文化芸術の普及・発展することを目的とする。


【入会、会費など】

当会の目的に賛同し独創的・創造的文化芸術の普及・発展に携わることを希望する者は、入会できる。

入退会は基本的に自由にできるが、実施企画の途中では辞めることはできない。やむを得ない場合は、会議にて決議する。

会費を月5000円とし、一括にて収めるものとする。入会金は無いものとする。


【会計】

会計は、会計係が責任を持って管理、運営し、年1回の収支を会員全員に報告をし、その報告を監査し、次の年度の参考にするものとする。

「日馬文化交流企画」が、組織として何れからも金銭を借り受けることを、基本的には禁止とする。


【活動】

東京とクアラルンプールを中心として、幅広い受講者層(青少年・高齢者・障害者)を対象としたワークショップの実施。

年一回の公演を行い、独創的・創造的文化芸術の研究と普及を継続して行う。

海外への普及、連携活動を促進する。

座談会や研究会、セミナー、などを開催。


【脱会の条件】

脱会は、誰しもそれを止めることはできない。会員個人の意思によりすべてが決定されるものである。

故意に事業の進行などを遅らせたり、支障をきたそうとした場合などはメンバーの話し合いにより脱会させられるものとする。

【規約の変更】

メンバーの異議により、すべてのメンバーの民主的な話し合いにより、決定されるものとする。



日本で一番古い書物の「古事記」によれば、日本で最初の男神、女神、聖書にたとえればアダムとイヴに当るイザナミ、イザナギ二神の間に生まれた最初の子が、どうも未熟児のCPだったらしいのです。3歳になっても体がグニャグニャなので、ヒルコと名付けられます。水田などに住んで人や動物の血を吸うヒルです。このヒルコは葦の船に乗せられて海に流されて、歴史の上からは姿を消してしまいます。

 そのヒルコが後の時代になって、民間伝説の中ではエビスと名を変えて、福の神としてリハビリテーションするのです。葦の船が無事に岸に流れついて、そこで魚釣りの神となったという話です。新しい国造りに忙しい当局者から消されたものが、庶民の力によって復活させられたのです。

 その他にも日本神話には、スクナヒコノミコトとかクエビコとか、小人だったり、歩行不能者であることを思わせる神がいます。身体に障害があっても、優れた頭脳の持ち主として登場しているのです。

 民間伝説といえば福子伝説というのが日本各地に存在しています。障害児が生まれるとその家は栄える、という言い伝えです。そうした子供が生まれると、その子が一生困らないように……と、家族全体が心を合せて仕事に励む結果が、その家を栄えさせることになるのでしょう。その家族にとっては非常な努力と苦労の結果に違いないでしょうが、近所から見ると、いかにも障害児が福を招き寄せるようにも見えたのでしょう。見方を変えると、この福子伝説の広がりが、障害児たちを生かすことに役立ったことになるのだと思います。